自転車置き場のポスター

 どこの高校でも似たようなものだと思うが、深志でも芸術系の授業は「音楽」と「美術」とを選択するようになっていた。美術を選択した3年生には、文化祭のシーズンになると「文化祭のポスターを描く」という課題が与えられた。美術の授業で作成されたポスターの中から文化祭のポスターが選ばれるのである。
 落研のA.HとN.Mも、せめて入選できたらよいなあと願い、ポスター作りには燃えていた。しかし、提出〆切の前日になっても二人のポスターは完成して いなかったのである。その日は、放課後部室に戻っても、いつものようにナポレオンには参加せず、ひたすらポスターを描いていた。
 「あっ!!」突然部室の電気が消え、真っ暗になった。当時の深志では、夜9時になると部室のある建物は消灯されたのである。普通ならここであきらめて帰るところであるが、しぶとい二人は灯りを探した。遠くを見ると、自転車置き場の蛍光灯がまだ灯っていた。自転車の荷台に画板を置き、そこで再びポスターを描き続けたのである。
 二人のポスターが出来上がった時には、時計は午前3時を回っていた。帰宅の途につきながらも、まだ夕飯を食べていないことに気づいた二人は、とにかく何でもよいから食べられる店を探した。
 深夜喫茶を見つけた二人は、中に入りメニューを広げた。しかし、深夜喫茶だけあって物価が高く、一ばん安いブレンドコーヒーですら頼めるだけの金を持っ ていなかった。ウェイトレスに素直に事情を話して、店を後にした二人であるが、出されたお冷やはしっかり飲み干していた。
 この時代、コンビニはまだまだ普及しておらず、24時間営業の店がやっと出始めたところだった。当時のセブンイレブンのCMコピーは「あいててよかった」というものであった。その時、二人はしみじみとそれを実感した。100円のおにぎりが有り難かった(何となく「プロジェクトX」っぽくないですか?ない?あっそうですか)。
 後日、そんな二人の描いたポスターは、佳作にも引っかからなかった。


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